2026年10月16日金曜日

米国の軍事通信は「義務」ではない──ゼレンスキーと戦争継続を求める西側の都合のいい論理

スターシールド(Starshield)をめぐる最近の騒動は、ウクライナ戦争の本質を改めて浮き彫りにした。米国が自国の軍事通信システムをどの範囲で、どのような条件で提供するかを決めるのは、当然ながら米国側の権限である。それを「永久無条件で提供すべきもの」のように語り、制限がかかった途端に責任の押し付け合いだと騒ぎ立てる姿勢は、あまりに都合が良すぎる。


動画の中でゼレンスキー氏は、パトリオット用ミサイルの提供を求めながら「こちらが攻撃を控えている状況で、防衛手段の提供は妥当な最低限の要求ではないか」と主張し、その回答がスターリンク(スターシールド)の遮断だったと語る。そして「より多くを語り、説明し、我々の立場を堅持すること」が対処法だと言い切る。ウクライナの立場であり国民の立場であると。


しかし、ここで問われるべきは、外国の軍事支援をいつまでも「当然の権利」のように扱い続ける思考そのものだ。スターシールドは米国の軍事技術である。提供の可否や条件を決める権限が米国にあるのは、国際政治のごく基本的な原則にすぎない。それを「自由と民主主義の名の下にすべてが自分のもの」かのように振る舞うのは、国際社会の現実を無視した都合のいい国際政治観と言わざるを得ない。


しかも、制限を誰が最終的に決定したのかは、報道でもまだ明確に確認されていない。それなのに、すでに「トランプ政権とマスクの泥仕合」という物語が出来上がっている。事実確認より演出が先行する報道姿勢も、戦争を長期化させたい勢力の利害と重なって見える。


戦場で実際に代償を払っているのはウクライナ兵だ。そこだけは否定しようがない。だからこそ、通信制限の「犯人探し」に熱を上げるのではなく、戦争を終わらせるための外交と停戦交渉に、同じ熱量を注ぐべきではないのか。米国の支援は義務、自らの判断は無条件に正しい、犠牲が出れば責任はすべて他人──この思考回路が続く限り、犠牲は減らない。


西側諸国の一部にも、戦争を続けることで自らの影響力や利益を維持しようとする動きがある。ゼレンスキー氏がそうした流れに乗り、外国の軍事支援を当然視し続ける限り、ウクライナ兵の命は「物語」の材料にされ続ける。本当に自国民の命を心配するなら、通信システムの責任者探しだけでなく、「戦争終結に向けて何をしているのか」を、まず自らに問うべきだろう。

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