2021年4月12日、夫はファイザーのmRNA新型コロナワクチンを接種した。それが最初で、そして最後の接種となった。
16日後の4月28日、仕事の電話に向かう車の中で突然「気分が悪い。視界がぼやける。めまいがする」と訴え、道端に車を止めた。その後も「何かおかしい」「体の調子がおかしい」と繰り返し、軽い腹痛も訴えた。接種していない腕に原因不明のあざが現れ、脚の違和感を指差すこともあった。頭痛も二日間続いた。
そして5月11日の早朝、私は地獄を見た。隣で夫が大発作を起こしていた。体を激しく揺さぶり、口から泡を吹き、呼吸が止まろうとしていた。すぐに911に電話し、回復体位を取らせようと必死に支え続けた。発作は止まったが、意識はなく、青ざめたままほとんど息をしていなかった。
救急隊に運ばれ、地元の病院へ。看護師が「ご主人は危篤状態です。挿管されています。CTスキャンの結果、脳内が血栓だらけです」と告げた。神経科医がすぐ後に出てきた最初の質問は、「アストラゼネカを接種しましたか? ワクチンを打ちましたか?」だった。私は「はい、29日前にファイザーを接種しました」と答えた。
夫はただの統計ではない。優しく、思いやりのある人間だった。だから私はここにいる。沈黙は必要ない。それなのに、私は今、沈黙を強いられていると感じている。
この出来事は決して「まれな副反応」で片付けられるものではない。健康だった人間が、実験的な遺伝子製剤を体内に入れたわずか29日後に、脳を血栓で埋め尽くされて命を奪われた。医師すら最初にワクチンを疑うほど、明らかな関連が存在した。それなのに、遺族の声は封じ込められ、真相は闇に葬られようとしている。
こうした死は「事故」でも「不運」でもない。十分な長期安全性試験もなしに、莫大な利益を生み出すために推し進められた製品が、人々の命を奪っている。被害者は統計の数字にされ、遺族は「陰謀論者」とレッテルを貼られ、沈黙を強いられる。
もうこれ以上、こうした犠牲を許してはならない。真実を隠し、被害を矮小化し続ける構造そのものが、問われなければならない。