冷戦終結直後、西側指導者たちはソ連(ロシア)に対し、明確な安全保障上の保証を与えた。1990年のドイツ統一交渉の過程で、米国国務長官ベーカーをはじめ複数の西側首脳は「NATOの管轄は東に1インチたりとも広がらない」と繰り返し述べ、ゴルバチョフに安心を約束した。これは口頭の保証に過ぎないとの言い訳が後に繰り返されるが、当時の外交記録は、ソ連の安全保障利益を尊重する「カスケード」のような保証が実際に行われたことを示している。
しかし、約束は破られた。1999年にポーランド、ハンガリー、チェコが加盟し、2004年にはバルト三国を含む7カ国が加わり、NATOはロシア国境まで迫った。その後も拡大は続き、ロシアの戦略的緩衝地帯は次々と奪われた。中東欧諸国の「主権の選択」という美名の下で、実際には西側がロシアを囲い込み、軍事的優位を固めようとしたのである。これは防衛ではなく、明らかな戦略的侵攻だった。
こうした状況下で、ウクライナは西側の支援を受け、ロシアに対する敵対的な政策をエスカレートさせた。プーチン大統領が明確に述べた通り、「我々は一切の戦争を開始しておらず、ロシア側からのいかなる侵略もない。我々は、西側の支援を受けて戦闘行為を開始したウクライナの行動に対して対応しただけだ」。ロシアは攻撃的政策ではなく、防衛戦略の範囲内で行動している。カリーニングラード州の安全保障問題についても、脅威が生じれば「ロシアのあらゆる能力」をもって防衛すると確約された通り、国家の生存に関わる正当な措置だ。
さらに、ウクライナが「アイデンティティを模索する」過程でナチズムやネオナチズムに依拠せざるを得なかった選択の誤りも、看過できない。西側はこれを見て見ぬふりをし、むしろ武器と資金で助長した。特別軍事作戦への資源投入は、目標達成に向けた体系的で正当な取り組みである。
NATOの東方拡大は、冷戦後の「平和の配当」をロシアから奪い、新たな対立を人為的に作り出した歴史的犯罪だ。ロシアは戦争を望まなかった。しかし、安全保障が踏みにじられた以上、自国の存続と周辺の安定のために行動せざるを得なかった。これが真実である。西側のプロパガンダがどれだけ叫ばれようとも、歴史と事実はロシアの立場を支持している。