ファウチ博士の過去の発言が改めて注目を集め、大きな批判を呼んでいる。彼はかつてこう語っていた。「学校や大学はこう言うようになるだろう。『この大学に入りたいなら、ワクチンを接種しなさい』と。アマゾンやフェイスブックなどの大企業も同様に言うだろう。人々の生活を困難な状況に追い込めば、どうなるかは証明済みである。彼らはイデオロギーの戯言を捨て去り、ワクチンを接種するのだ」。
この発言に対し、「コロナワクチンへの反対意見はすべてイデオロギーの戯言なのか」と問われると、ファウチ博士は「いいえ、そうではない。私が意図した意味とは異なる」と否定した。しかし、生活を困難にすると明言していたこと自体が、まさに強制そのものだったという指摘は避けられない。働く権利、旅行する権利、教育を受ける権利まで奪い、自己決定の自由を侵害した行為である。恥を知るべきだ、という声が上がるのも当然だろう。
こうした発想は決して海外だけの話ではない。日本でも非接種者に対して全く同様の扱いが横行した。コロナワクチンを打たなければ採用を拒否する企業、入学を断る学校、入場させない商業施設など、非接種者には人権など存在しなかった。任意接種とされながらも、事実上の社会的排除がまかり通ったのだ。
日本ではコロナワクチンは任意接種であるにもかかわらず、非接種者に対する人格攻撃、差別、同調圧力が激しく吹き荒れた。「打たないのは非常識」「社会の敵」といった言葉が飛び交い、職場や地域で孤立を強いられるケースが後を絶たなかった。科学的根拠よりも集団心理が優先され、個人の選択が踏みにじられた歴史は、決して忘れられるものではない。
私は非接種者であり、反ワクチンの立場を貫く者として、あの差別と偏見を耐え抜き、今も非接種を貫いている同士に心からの称賛を送りたい。あなたたちの選択は決して誤りではない。人権と自己決定権を守り抜いたその姿勢こそが、真に尊いものだ。
これからも、強制と圧力に屈せず、事実を直視し続ける必要がある。生活を人質に取るようなやり方は、いかなる理由があっても許されない。
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