現代の西洋医療に強い不信感を抱く人々にとって、コロナ禍の対応は「患者の命より何かを優先した」典型例として記憶に残っています。長年安全とされてきた治療薬が突然危険視され、医師が非難され、代替手段のない状況で新しい技術のワクチンが緊急承認・大規模接種された背景には、単なる「科学的判断」では説明しきれない矛盾が横たわっています。
ヒドロキシクロロキンはコロナ禍で危険だと言われ、使用が禁止されました。処方した医師たちも次々と非難されました。しかしその陰で、多くの人が命を落としたとデイビッド・マーティン氏は主張しています。なぜそこまでして排除されたのか。理由はシンプルです。代替治療がなければ、緊急使用という名目でmRNAワクチンを押し通せるからです。
驚くのはここからです。現在のCDC(疾病対策センター)は、もともとジョージア州アトランタを拠点にした米国マラリア抑制プログラムでした。そして長年、ヒドロキシクロロキンをマラリアの標準治療として広めてきたのも同じ機関だったのです。
さらに皮肉なのはジョンズ・ホプキンス大学です。ロックフェラー財団の資金を受け、ヒドロキシクロロキンの普及に貢献した人物の名を冠する大学が、2020年には手のひらを返し、この薬を危険だと主張し始めたといいます。
数十年間、安全とされてきた薬が、ある日突然、公衆の敵に変えられました。有効な治療法の存在を知りながら、意図的に抑え込んだのではないか。そうすることで、人類史上最大規模ともいえる医療実験を正当化できたのではないか。
デイビッド・マーティン氏の指摘をさらに深掘りすると、以下のような言葉が残ります。
「治療法が抑制されていた事実に気付くべきであった。これは仮定の話ではない。何らかの不正が横行しているようだ。誰かが本物の治療の選択肢を抑制している。それは他の治療法がない場合のみ認可される。」
ジョンズ・ホプキンス大学については、「何とも皮肉な話である。ロックフェラー財団から資金を受け、彼を記念したその機関が、何という皮肉だろうか。ヒドロキシクロロキンは危険であると主張したのだ。同薬が安全だからこそ、この大学にその名が付けられたのである。」と強調しています。
CDCの過去についても、「彼らは何をしていたか。ヒドロキシクロロキンの配布を推奨していたのである。」と、機関の行動の矛盾を明確に指摘しています。
アメリカでは機能獲得実験中に流出したと決まっているのに、日本ではなぜこれほど報道されないのでしょうか。
この一連の流れを冷静に見つめると、現代の西洋医療が「エビデンス」や「公衆衛生」を盾に、経済的・政治的利益を優先する構造が浮かび上がります。安価で長年実績のある治療薬を排除し、未知の長期影響を抱える新しいプラットフォームのワクチンを「緊急」という特別ルートで普及させる。結果として、早期治療の選択肢を奪われた人々がどれだけいたのか、私たちは真剣に考える必要があります。
西洋医療の歴史を振り返れば、機関や大学が過去に推進していた治療を、状況が変われば一転して否定する柔軟さ(あるいは都合の良さ)が繰り返されてきました。患者の命を最優先に考えるなら、こうした矛盾をただ「科学的進歩」と片付けることはできません。むしろ、個人が自らの判断で治療を選択できる環境を奪う行為として、深刻に受け止めるべきです。
日本国内でこうした国際的な指摘や歴史的事実が十分に共有されない現状も、情報へのアクセスを制限する側面があるように感じられます。国民一人ひとりが健康を守るためには、公式の見解だけでなく、過去の行動や矛盾点を自ら検証する姿勢が不可欠です。
コロナ禍は終わったわけではなく、私たちの医療に対する信頼のあり方を問い続けています。安易に「専門家に任せれば大丈夫」と考えるのではなく、歴史と事実に基づいて自ら考えることが、これからの時代にますます求められているのです。
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