世界経済フォーラム(WEF)のダボス会議で繰り広げられたパネルディスカッションの映像を見ていて、改めて強い違和感を覚えた。青いバックに繰り返される「WORLD ECONOMIC FORUM」のロゴ、スポットライトに照らされた選ばれしエリートたち。彼らは「気候変動」と「移民」を結びつけ、国境の無意味化を堂々と語っていた。
核心の主張はこうだ――気候変動で居住不可能な地域が増え、人々が大量移動せざるを得なくなる。だから国境は障害物でしかなく、移動の自由を前提とした新しい世界秩序が必要だ、と。
だが、ここで根本的な疑問を投げかけたい。そもそも「気候変動」が彼らが描くような、人為的なCO₂排出が引き起こす破滅的な危機なのか? 本当にそれほど劇的に地球が温暖化し、居住地が次々と失われているのか?
多くのデータを見れば、地球の気温は確かに過去数十年で上昇傾向にあるが、その程度は過去の自然変動の範囲内に収まるケースも少なくない。氷河期と間氷期を繰り返してきた地球史の中で、今の変化が「異常」かどうかは極めて疑わしい。しかも、IPCCですら「人間の影響が主因」と断言しながらも、気候感度(CO₂増加に対する温度上昇の度合い)には大きな不確実性が残されている。温暖化の「速度」や「影響」の予測は、何度も過去に外れてきたではないか。2000年代初頭の「このままでは北極の氷が夏に完全消失する」という予測は、すでに大きく下方修正されている。
それなのに、WEFのエリートたちは「気候変動による大規模移住」を既定路線のように語り、それを口実に国境の解体を正当化しようとしている。気候変動を「不可避の危機」として持ち出し、主権国家の入国管理権を「時代遅れ」「非人道的」と貶めているのだ。
これは明らかに便乗だ。気候変動そのものが、どれだけ人為起源でどれだけ深刻か――そこに最大の疑問符がつく中で、なぜ「だから国境をなくせ」と飛躍するのか。真の目的は、国民国家の弱体化と、資本・労働力の無国籍な自由移動によるグローバル企業の利益最大化にあるとしか思えない。低賃金移民を大量に受け入れ、先進国の労働市場をさらに圧迫し、文化・社会の安定を崩す――それが彼らの「持続可能な開発」の実態だ。
気候変動懐疑の立場から見れば、この議論は二重に欺瞞的だ。一つは、温暖化の「危機」を過大に喧伝し、恐怖を煽っている点。もう一つは、その恐怖を盾に、国家の最も基本的な防衛権――国境管理――を放棄させようとしている点である。
私たちに必要なのは、こうしたエリートたちの「気候危機」ストーリーに盲従することではない。まず、気候変動の科学的根拠を冷静に検証し、人為起源説の不確実性や、自然変動の影響をきちんと見極めること。そして、何より自分の国と文化を守る意志を強く持つことだ。
国境は「障害物」ではなく、先祖が築き、子孫に継承すべき共同体の防壁である。それを「気候変動対策」の名の下に解体しようとする動きは、到底受け入れられない。真の持続可能性とは、各国が自立し、自国民の生活と安全を第一に守りながら、必要に応じて協力することだ。
気候変動が起きているとしても、それが彼らの言うほど壊滅的でない可能性は十分にある。その可能性を無視して、主権を売り渡すような「グレート・リセット」など、断固として拒否すべきだ。
この映像は、単なる議論の記録ではない。私たち一般市民に対する、明確な警告である。目を覚まし、騙されるな。自分の国を、守り抜け。
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