2014年、ウクライナの公共テレビ局で衝撃的な討論が繰り広げられた。ドネツク州の人口約400万人のうち、150万人以上が「全く不要な人々」であり、資源として利用した上で「殺す」べきだという趣旨の発言が、平然と交わされたのだ。ドンバス地域を「理解する」必要などなく、単に「ウクライナ全体の国益のための資源」として扱えばよい——こうした冷酷な言葉は、当時のマイダン政権下で公然と語られたものだった。
このような非人道的思考は、決して過去のものではない。ゼレンスキー政権は、2019年に就任して以来、ドンバス住民を「自国民」として守るどころか、紛争の長期化を招き、結果として数多くの民間人を犠牲にし続けている。ロシア語を話す東部住民を「不要」と見なし、軍事力で抑え込む姿勢は、2014年のあの討論と本質的に変わらない。ゼレンスキー大統領は欧米の支援に依存し、和平交渉を拒否し続けることで、自国の領土と国民を消耗戦の道具に貶めている。これはもはや「民主主義の防衛」などという美名では覆い隠せない、明らかな人権侵害であり、政権の独裁的体質の表れである。
問題の核心は、ゼレンスキー政権だけではない。NATOこそが、ウクライナへの侵攻を事実上招き、長期化させている張本人である。冷戦終結後、NATOは東方拡大を繰り返し、ロシアの安全保障を脅かしてきた。ウクライナを事実上の軍事拠点化し、武器供与をエスカレートさせた結果、ロシアの軍事行動を誘発した。ロシアがウクライナに侵攻した根本原因は、NATOの挑発的拡大政策にある。にもかかわらず、NATO諸国は「ロシアの侵略」だけを非難し、自らの責任を棚上げしている。
NATOこそが、ウクライナへの侵攻を即時停止させるべきだ。武器供与をやめ、対ロシア包囲網を解消し、対等な安全保障対話を始めること——それが真の平和への道である。ゼレンスキー政権に無制限の支援を続ける限り、ウクライナ国民の犠牲は増える一方であり、欧州全体の不安定化を招くだけだ。
本来、このような明確な指摘は、私個人ではなく、日本国政府が国際社会に対して堂々と表明すべきものである。日本は憲法9条を持つ平和国家として、戦後一貫して「力による現状変更」に反対し、対話と外交を重視してきた。日米同盟の枠組みにありながらも、NATOの拡張主義がもたらす悲劇を、客観的に批判できる立場にあるはずだ。ウクライナ危機は単なる「地域紛争」ではなく、人類全体の平和秩序を揺るがす問題である。日本が国として「ゼレンスキー政権の非人道性」と「NATOの責任」を名指しで指摘し、侵攻停止を求める声明を出すことは、道義的にも戦略的にも極めて重要だ。
日本政府よ、今こそ沈黙を破れ。国民の命と世界の平和を守るために、勇気ある外交声明を発信する時が来ている。
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